ワクチンと冷凍うなぎの賞味期限

ファイザー3回目の最終有効月日

ファイザー3回目の最終有効月日

2022年1月31日、接種券が届いたので、家族が横浜市内の某所で3回目接種を受けた。そして接種が終わった後で、「えーっ! なんで最終有効月日が手書きで2022年4月30日に書き変えられているの? 大丈夫なのーっ?」と、悲鳴が上がった。

ワクチンの最終有効月日の延長が話題となったのは半年以上も前のことで、僕にとっては当たり前のことだ。しかし家族のような一般人には、衝撃の出来事だったらしい。

これは今後の3回目でお目にかかる人が増えそうなので、今回はどうしてそうなっているのかを解説させて頂くことにする。

(なおタイトルに入れたものの、ワクチンと冷凍うなぎに本質的な関係は全くないです。単なる趣味です。ハイ)

基本的な話

まず今回取り扱うのは、mRNAワクチンとなる。遺伝子工学の技術を駆使して… と聞くと、何やら凄い存在に思えてくるから、面白い。たしかに今までのインフルエンザワクチンとは採用技術が異なっており、その効果には驚嘆するばかりだ。

ただし原理的には単純だ。

まず人間という存在は、高校の生物学で習ったように、体内のDNAに遺伝子情報を保有している。ただし情報を持っているだけでは意味がなくて、体内で使用するタンパク質を生成する必要がある。

そこでDNAから必要な情報をRNAに写し取り、それを細胞核外に運んで色々な分子装置を使ってタンパク質が作られる。「遺伝情報がDNAからRNAを経てタンパク質へと流れる」という概念を、分子生物学ではセントラルドグマという。

そう、アニメのエヴァンゲリオンでも耳にした “セントラルドグマ” だ。ちなみにDNAはデオキシリボ核酸(DNA: Deoxyribonucleic acid)、RNAはリボ核酸(RNA: Ribonucleic acid)の略語である。

DNAとRNA

この界隈は二重螺旋構造とか、カッコ良い用語が飛び交っている。僕的には感染研(国立感染症研究所)よりも理研(理化学研究所)の方が馴染み深い。

そういえばエヴァンゲリオンといえば、同じ鹿野監督の映画シンゴジラでも、理研がゴジラ遺伝子情報の解析に活躍していた。スパコン(スーパーコンピュータ: High Performance Computer)の並列接続による解析… GPUを駆使した機械学習…、IT技術者も遺伝子工学とは無関係ではないのだ。

(そういやこんな発表も見かけたことがあった。発表日は、奇しくも家族が驚いた「4月30日」である)

ちなみにRNAはDNAと違って、ずっと保有しておく必要がある情報を保有していない。使い終わったら分解され、さっさと廃棄されてしまう。つまり面倒がない。mRNAワクチンに含まれているmRNAも、短期間で分解されてしまう。

ウィルスをゴキブリに喩えると、ファイザーもモデルナも、ゴキブリの足型(スパイク・タンパクという特徴部分)の遺伝子情報をmRNA形式で体内にワクチン接種する。そしてmRNAを利用して、体内で抗体などを作ったりする。つまり指名手配の犯人の似顔絵を交番に貼り出すのと同じように、あらかじめウィルスへに対して警戒態勢を敷いておくことが出来る訳だ。

そしてこれによって、免疫ができるという訳だ。特徴部分を自由に記述にできるので、従来のワクチンよりも、大変に効果的だったりする。

そうだ冷凍しよう

ただしこのmRNAワクチン、別に体内だったらば短期間で分解されてしまうという訳ではなくて、ともかく短期間で自然分解してしまう。逆にいうと、そのままでは、長期保存する必要のあるワクチンには向いていない。

そこで「パンが食べられないのだったら、お菓子を食べれば良いじゃない」という言い伝えではないけれども、「長期保存に向いていないのだったら、ウナギのように冷凍保存すれば良いじゃない」という方法が考案された。

mRNAワクチンは、mRNA剝き出しだと宜しくないので、化粧品と同じ種類の脂質(PEG:ポリエチレングリコール)に包まれている。しかし冷凍ウナギに比べれば単純な造りであり、冷凍保存には向いている。

こう聞くと物理屋上がりのIT技術者としては “絶対零度” などという響きにも憧れてしまうが、何事もやり過ぎは禁物だ。分子運動を止めてはいけない。それで2022年2月1日時点では、ファイザーは摂氏マイナス90度-摂氏マイナス60度で長期保管することになっている。

そしてここでようやく、今回の本題である長期保管の期限という話題になって来る。冷凍ウナギの場合は、家庭用の冷蔵庫で一年程度になっている店舗が多い。

その冷凍ウナギよりも低温だし、構造も単純なmRNAワクチンであれば、一年以上は確実に大丈夫そうな気もする。ただし食べ物の賞味期限は味が劣化する程度で済むけれども、ワクチンは万一にも効果が発揮されなかったら、大変に困ってしまう。

そこで商品化されて大量消費市場に出回り始めた頃は、念のためにファイザーもモデルナも検証データを踏まえて、商品としては半年程度の最終有効月日に設定していた。

何しろ、工場で生産してから、低温状態を維持したまま長期保管場所まで運搬する必要がある。これ、宅急便で溶けかけた冷凍ウナギのようになってしまったら困る訳だ。

現場でのオペレーション経験をすると分かるけれども、理論的には問題が無さそうでも、ともかく慎重になる。火力発電所で散々使われて実績の上がった技術だけを、原子力発電所で使うようなものだ。

しかし実際にワクチンの供給が始まって6ヶ月、9カ月と経過し、さまざまな現場データも集まって来た。テスト用の製品だけでなく、大量生産した商品としても実績が積み上がって来た訳だ。

で、それらを踏まえて、ワクチン提供メーカーは最終有効月日の延長を発表し、それを厚労省などが認可した。そこで冒頭のように、家族の接種したファイザーは、印刷済み最終有効期限2022年1月31日でなく、手書きの2022年4月30日となっていた訳である。

(何しろ長期保管している状態のワクチンに対して延長が発表されたので、長期保管を終えて各所へ配送する瞬間に管理元が手書きするのが確実だ。低温状態でシール貼りして、剝がれても一大事だ。誰がシールを作って配るのかという問題もある)

ちなみに上記のお知らせでは、メーカーから提供されて厚労省が公開した、ロットNo.別の有効期限が公開されている。ただし期限は、あくまで理想的な場合に限られる。規定温度などの条件を満たして保管されている場合に限定され、そうでない場合は従来通りになる。

だからあなたが接種するワクチンの最終有効月日は、印刷通りのこともあれば、手書きで延長されていることもある。とはいえ2022年2月1日時点では在庫豊富だし、僕の家族のように手書き延長されているケースは多そうだ。

まとめ

以上の通りで、事情を知らないと吃驚するかもしれないけれども、現在は手書きで最終有効月日が書き換えられているワクチンが多い。

なお廃棄処分は誰もがイヤなので、関係者の間では大きな話題となった。図書館で2021年10月末頃の新聞などに目を通せば、そのことが分かるだろう。

印刷物による確認が面倒であれば、Googleなどの検索エンジンを使って、2021年10月30日以前という条件を付けて検索すると良いだろう。当時の騒動が良く分かる。

そんな訳で、たとえ最終有効月日が手書きになっていても、慌てることがないようにしたいものである。僕もこれから、自衛隊の大規模接種会場で3回目接種に挑戦して来る。

果たしてどんなシールが貼られることになるか… 今から楽しみだ。

それでは今回は、この辺で。ではまた。

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記事作成:小野谷静