三本のフランクフルト・パンの物語
今回は冒頭画像の通り、パンと家族愛をテーマにした「愛と感動」の物語である。
涙を流さずに読むことは難しいと思うので、ぜひハンカチを用意することをオススメしたい。
[chat face=”mikan2.jpg” name=”Mikanお嬢様” align=”left” border=”gray” bg=”none” style=”maru”]笑い転げたよ[/chat]
オシャレなパンの朝食
今日の朝食はパンだった。
狭い家なので、誰かがリビングへ行く気配を察知して目が覚めた。
ぼくは目覚めると同時に動けるタイプである。さっそくリビングへと赴いた。そしたらMikanお嬢様が一人でテレビを観ていた。
尋ねてみると、今日はママが起きていないとのことだった。
朝食がどうなっているのか尋ねてみたら、テーブルの上にあるパンを指さされた。言われてみると、たしかに昨晩のママまはパンを沢山買って帰宅して来た。あらかじめ計画済みの話らしい。
テーブルの上には、幾つものパンが並んでいる。
ぼくが日頃から食べることの多い、フランクフルトソーセージのパンもある。
さすがはママである。いつもは自分でコッソリ買って食べていたつもりだったけれど、ちゃんと見抜いていたらしい。
服を寝巻から仕事着に着替えると、さっそくレンジでチンして温めた。
ネスカフェのガラス製カップにAGFコーヒーというのは申し訳ないのだけど、AGFの方が好みだから仕方ない。
それより何より、久しぶりの洋風モーニングである。いつもの「アレ」ではない。
ともかくタバスコを目一杯ふりかけて、ありがたく頂戴しようとした。
と、その時である。
「父ちゃん、そのパンはママが自分用に買ったものだと思うよ」
… しばらく何を言われたのか分からず、IQ/53万(だっけ?)の頭脳がフル回転する。ママが何だって?
「だから、そのパンはママが自分で食べるつもりで買ったらしいということ!」
ぼくの好みを完璧に把握しているという儚い幻想は、彼女の無情な説明で消え去ってしまった。
[chat face=”mikan2.jpg” name=”Mikanお嬢様” align=”left” border=”gray” bg=”none” style=”maru”]仕方ないでしょ[/chat]
しかしママは自分の朝食だけを買うような人間ではない。ぼくの分も買ってくれていると信じて… 勇気を振り絞って、彼女に尋ねてみた。
「あの、父ちゃんの分は… あるのかな?」
もちろん返事はイエスだ。さすがに家族から絶大に愛されているママである。ぼくはどのパンが自分用なのか、再び彼女に尋ねてみた。
「それ」が、彼女の答えだった。ん、何を指さしているんだ?
「それっ! そこのコロッケパン!」
「…」
言われてみると、たしかに彼女が指さした方向には、小さな小さなミニ・コロッケパンがある。予想外に小さかったので、つい見落としていたのだ。
それに… ぼくは実は、コロッケパンが不得意なのだ。フランクフルトのパンが好物なように、タンパク質と炭水化物の組み合わせを好む人間だ。コロッケパンは、炭水化物 + 炭水化物 + 脂肪分 である。ご飯に餡子(あんこ)よりも、もっとバランスが取れていない。
何より太りやすい。
だからぼくは、自分だけ用にコロッケを買うことは滅多にない。
高校時代にオーブンで加熱してジャガイモをとろけさせたコロッケにハマったことがあるけれども、あの時は50kg前後だった。そして大幅増量した数十年後の今、コロッケは完全に封印した存在と化し、興味も何も消え去っている。悟りの境地だ。
しかし好き嫌いは許されない環境で育ったので、食事にコロッケが出されても、ちゃんと残さず食べているという訳だ。
どうやら今まで、そういった心の中の葛藤は、ママには伝わっていなかったらしい。
いや家庭の平和を考えると、それが最も望ましい状況である。
と、ハッとして我に返った。今はコロッケパンのことを考えている場合ではない。問題はママが自分用に購入した、フランクフルトのパンにタバスコを目一杯かけてしまったことである。
「ママは、『食べていいよ』って言ってくれると思うよ」と、Mikanお嬢様はなぐさめようとしてくれた。
うん、そうだね。ぼくもママは「食べていいよ」って言ってくれることは、猪木がリングに上がる前にガッツポーズするくらい絶対に確実だと知っている。
でも問題は、「食べていいよ」って言ってくれるかどうじゃないんだ。問題は、ママが自分の願っていた通りに、物事が進まないことなんだ。
ただでさえぼくは在宅勤務で家にいるし、娘も春休みで自宅にいる。主婦としては、気が休まる暇がない。
おまけに今のご時世は、買い物に出かけて気分転換するのも難しい。家の外に出たら静かに控え目に行動する必要がある。おまけにぼくも娘もずっと在宅が続いているから、自宅に危険物を持ち帰るリスクが最も高いのは、自分だけという状況である。
これでストレスが溜まらない人間がいたら、ぜひお目にかかってみたいものだ。
[chat face=”mikan2.jpg” name=”Mikanお嬢様” align=”left” border=”gray” bg=”none” style=”maru”]私の目の前にいるよー[/chat]
と、ともかく、呆然としている暇はない。
まだ彼女が起きて来る気配はない。だとしたら方法は一つだけだ。
「パン屋で別なフランクフルトのパンを買って帰宅する」だ。幸いなことに、もう7時を過ぎてパン屋はオープンしている。雨も降っていない。花粉は多いだろうけれども、それは自業自得というものだ。
再出撃
そんな訳で、さっそく外出して駅前のパン屋へ行った。をを、素晴らしい。ちゃんとフランクフルトのパンも販売開始されている。
我ながら運が良い。ついでに菓子パンも購入し、朝からガッツリ食べる気になって家路へと急いだ。
駅へ向かう人たちの表情は、心なしか少しさえないような気がする。ぼくは今までの人生の大半で、会社へ行くのは楽しかった。実は皆と会って仕事するのが大好きなのだ。
皆からすると少し迷惑かもしれないけれども、そうでもないと自宅でずっとブログを書いたり工作をすることになってしまう。友達いないんです、悲しいことに。
ともかく無事にママが起床する前に、帰宅することが出来た。
さてテーブルの上に新しいパンを置いて、タバスコをかけまくった方は証拠隠滅も兼ねて、さっさと食べてしまいますかな。
と、思っていたら、とことことMikanお嬢様がやって来た。そしてテーブルの上を見て、またしても想定外の発言をして下さった。
「父ちゃん、違う。これはホクオーのジューシーフランクだよ。ママが買ったのは、ヴィ・ド・フランスの “ずっしりあらびきフランク” だよ」
我が娘の記憶力は素晴らしい。
昔から彼女の観察力と正確な記憶力には、ぼくはひらすら驚かされるばかりだった。学校の通信簿や先生のコメントでも、彼女の観察力と記憶力は高く評価されている。
それが今回のような事態の時には、見事に発揮される。
スゴイデスネー。尊敬シマスネー。商品名マデ正確ニ覚エテイマスネー。デモ、出カケルマエニ、ソノコト教エテ貰エルト嬉シカッタデスネー…
思わず愚痴を言いかけて、彼女が表情を曇らせかけたので、ぼくは慌てて黙った。
だって悪いのは、何も考えずにフランクフルトのパンを食べようとしたぼくだ。それに彼女からしてみると、ヴィ・ド・フランスの “ずっしりあらびきフランク” なのは自明だ。さらにパン屋が二軒あるのに、勝手にホクオーだと思い込んだのは “ぼくの全く救いようのない致命的ミス” だと言える。
でもこんなピンチになると、ぼくには心強い味方が現れる。もう一人の自分が大きな声を出してくれるのだ。
「がんばれ、父ちゃん、がんばれ。ぼくは今までよくやってきた。ぼくはできるヤツだ。そして今日も、これからも! ぼくがくじけることは絶対にない!」
そうなのだ。
間違ったパンを買ってしまったならば、もう一度買ってくれば良いのだ!
そう決心したぼくは、再び慌てて外出する支度を始めた。
「父ちゃん、ママは『食べていいよ』って、言ってくれるよー」
分かっている。でもここで頑張ることが大切なんだ。そしてこの姿を見せることで、生きて行く上での気構えを君に学んで欲しいんだ。これはぼくが失敗したというだけの話じゃないんだ。
しかしもう時間がない。
慌ててマンションの玄関を出ると、やむなく日頃は使わないエレベーターに飛び乗る。
数少ない友人の一人は、今はエレベーターに乗るのが恐いと言う。大丈夫だ。ぼくは “水の呼吸” はできないけれども、エレベーターに乗っている間に無呼吸でいることが出来る。
海女さんじゃないけれども、それなりに息は続く方だ。さっきのホクオーだって、実は店内では無呼吸だった。
ともかくエレベーターを降りたぼくは、急いで自転車に飛び乗って、今度はヴィ・ド・フランスに向かったのだった。
そして帰宅してから五分後くらいに、ママが起きて来たのだった。
「結果、オーライッ!」めでたし、めでたし、である。
そして話は次回へ続く
しかしようやくママんにヴィ・ド・フランスの “ずっしりあらびきフランク” を届けることが出来たけれども、これが終わらないのが人生というものだ。
今日の夕飯は… あの、その、 “ずっしりあらびきフランク” の残りだったのだ。どうやら彼女に口には合わなかったらしい。
彼女とMikanお嬢様は、服を買うのと夕飯を兼ねて外出した。それで残ったパンは、ぼくが食べることになった訳だ。
でも、かわいそうだと心配して頂かなくても大丈夫!
なぜなら明日の土曜日の午前中に、実家(老人ホーム)の親のところへパソコン修理に赴くのだ。もちろん今のご時世なので、入室可能なぼくだけの単独行動となる。
そして実家に行く時には、久しぶりに横浜駅を利用することになる。
その横浜駅には、幾つもの鰻屋さんが存在している。
ぼくがいつもお世話になっているのは、横浜野田岩だ。無事にパソコン修理が短時間で済めば、帰りがけに野田岩の鰻重を食べることができる。だから今日の夕飯が残り物だって、ぜんぜん寂しくないのだ。
(ちなみに老人ホームなので、今は一緒の食事も禁止されている)
と、いう訳で、フランクフルト・パンは殆どがぼくのお腹の中に消え去ってしまったけれども、まだまだ話は続くのだった。
ともかく、ママんがヴィ・ド・フランスの “ずっしりあらびきフランク” を食べることが出来て、メデタシ、メデタシなのである。
それでは今回は、この辺で。ではまた明日。
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記事作成:小野寺静 (よつばせい)